金融ブックス [金融コラムス・バックナンバー]

金融コラムス・バックナンバー

2007.9.4

「 NOと言えばよかった農水大臣 」

「末は博士か大臣か」とかつての日本では「大臣」になることは世間的には最高の栄達と考えられていたことがある。

 古墳時代、大臣には姓(かばね)の一つである臣(おみ)の有力者が就任。その有力者は大臣(おおおみ)と呼ばれていた。大臣は、治世ごとに親任された。6世紀後半から7世紀初期には蘇我馬子が大臣に。その子蘇我蝦夷が跡を継ぐが645年、いわゆる「大化の改新」により失脚。この事変の直後に即位した孝徳天皇が、旧制の大臣に代えて、左大臣、右大臣を置き、権力集中の防止を図ったと言われている。律令制の大臣は「だいじん」と読むようになった。明治6年の廃藩置県の官制では、正院に太政大臣、左右大臣と参議が置かれた。明治20年、大日本帝国憲法が施行され、国務各大臣が各々その所掌に関して天皇を補弼する体制とされた。昭和22年に日本国憲法が施行、「内閣」の章を設け「行政権は、内閣に属する」とし、内閣総理大臣は国会の議決で指名され、内閣の「首長」として、リーダーシップを発揮することが期待されている。歴史の中でも大臣の使命は重い。

「農水大臣」が松岡(自殺)、赤城(引責辞任)と続き安倍内閣にとっては起死回生の人事だっただけに今回の任命には「またか」という国民のため息が聞こえてくる。農水相への呼び声がかかった当初の就任会見で遠藤氏は「一番最後まで残ったポストを割り振られて、ここだけはこない方がよかった」などと、無気力な発言にはもはや大臣としての重みはない。こんなことでは、小学校の卒業式で、将来の夢に「大臣」になりたいなどいうのは夢のまた夢か。