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2007.8.27 「 『戦後レジームから脱却』で忘れてはならないこと。 」
筆者の高校時代の友人から一報をもらった。彼は昭和29年から36年間自衛隊に奉職した。上級幹部を経験し、在任期間中は常に第一線にあった。「日本の自衛隊は、戦後日本の軍事力として、常に憲法上の制約を抱えたまま、制度・組織化されていった。時には60年安保対処として、日夜治安出動訓練に明け暮れた頃もあったが、日陰者としての意識はない。」と述懐する。7~8年振りに再会した。もともと酒を飲んでは人生を悟ることの好きな彼の言葉には飾りがない。彼は自らを軍人と呼んではばからない。その彼に平成19年4月29日、春の叙勲で「端宝小綬章」が授与された。瑞宝章は明治21年に制定、公務等に長年にわたり、従事し、成績をあげた者に授与されるとある。
筆者とは高校を卒業してからは全く違う人生を歩いたので合致するところは少ないが、彼の次の記述に自分を重ね合わせることが出来る。「緒戦完勝の真珠湾攻撃から3年8ヶ月後の昭和20年8月14日、集団疎開中の学童の目は遠く離れた『日本石油土崎製油所』が空爆を受け、一夜にして消滅する弔火だった」との記述は筆者の記憶に一致する。その頃、筆者は小学3年生、今では秋田市に併合されたが、当時は四ッ小屋という村だった。筆者の年代は戦争を知っている世代ではない。しかし、敗戦のこの日から、両親とともにどうやって命をつなぐかという戦いが始まった年代でもあった。彼も両親とともにどう生きたかを描いている。酒を飲んで語る彼には悲壮感はない。「終戦直後の極貧の中で、必死に明日を生きてきた両親の何と寡黙であったことか」の下りには涙がでる。
誰かの言う「戦後レジームからの脱却」。いったい何から脱却せよと言うのか。脱却する前に忘れてはならないことが山ほどある。
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