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2007.4.18 「 経済学は人間学 」 我が国の近代会計のはじまりは時の先覚者福沢諭吉が「帳合の法」として広めたものとされています。
その後、日本の経済も急速に発展し、渋沢栄一が「論語と商売を併立する」とした「道徳経済合一論」と唱え、商人道を説いたのです。
孔子は「君子は金を惜しむ。用いるところあればなり」といったが。昨今の世情、政界を見るに「悪人は金を盗む。用いるところあればなり」か?
経済学の始祖として知られているアダム・スミス(1723~90)は単に経済学ばかりでなく、広く、社会・人文科学に影響を与えた道徳哲学者でもあった。
主著「国富論」と並んで「道徳感情論」というもう一つの大著があるが、あまり知られていない。実はこの著作こそが、「国富論」の生誕につながったといわれている。「道徳感情論」には、「慎慮の人」という人間像が出てくる。「慎慮の人」とは努力家で誠実、自分の収入内で生活し、たとえ小さくても継続的な蓄積によって日に日に良くなっていく境遇に満足する人のこと。冒険的でも、政治的でもない。日本の生んだ経済界のリーダー渋沢栄一の視点もアダム・スミスと同じ視野にある。20世紀の経済学を牽引したケインズ経済学には、1930年の世界不況を治癒した神通力はない。飯田経夫、元名古屋大学教授は著作「経済の終り」(文春新書)で「経済学はやるべきことはやり尽したあとは人間の問題だ」と述べている。
これからの経済学は、人間学の視点をはずしてはならないと言うことか。
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